二郎で初めての新規就農者として次世代に繋ぐ架け橋 いちご農家、ヤマネコファームの山根さん
神戸市北区のいちごとして毎年人気の「二郎いちご」。
二郎で育ったいちごの事を総称して“二郎いちご”と呼び、
基準をクリアした農家さんだけが二郎いちごを育てる事が許されています。
二郎地区でいちごが育てられ始めたのはおよそ100年前。
長い間地元の方だけがいちごの栽培を行なっていましたが、その地域で初めて新規就農者として
いちごを育てることを許されたのが、今回ご紹介するヤマネコファームの山根さん。
山根さんは脱サラして農業学校を卒業し、8年前からこの二郎の土地でいちご農家を始められました。
しかしはじめから二郎いちごを販売されていたわけではありません。
というのも、二郎では3年間は修業期間と見なされるため、
その間は“二郎いちご”として販売する事ができないのです。
修行期間を終え、二郎のいちご部会の全員の了承を得て
やっと“二郎いちご”の名を冠する事ができるようになるそうです。
そんな厳しい期間をクリアして、今ではいちご部会の副部会長を務めておられます。
山根さんが新規就農した事を皮切りに、今では4件の新規就農者さんがおられるそうです。
【「自分が農業をやるとは思ってなかった」脱サラして農業の道に進まれた山根さん】
二郎地区の草分け的存在の山根さんは、もともとは広告やプロモーション関連のお仕事をしている会社員。
当時所属していた企業のグループ会社に、水耕栽培のメーカーがあった事が農業との最初の出会いでした。
故あってそのメーカーに転職する事が決まった事でより深く農業に関わるようになり、
農業の面白さを感じるようになっていったそうです。
とはいえ、当時の山根さんのお仕事は実際に農業をする内容ではありませんでした。
再度転職した先で体調を崩されたことをきっかけに、今度はご自身で農業する事を決断されたそうです。
会社を辞めてからはすぐに兵庫県稲美町のいちご農家に修行に行く事が決まり、
ほどなくして農業学校へも通うようになりました。
山根さんが二郎でいちご農家として就農する事ができたのは、
偶然のタイミングが重なったラッキーなことだったと言います。
『二郎で作りたい』という想いがあって下調べもしていたものの、
歴史が古い二郎では当時新規就農者を受け入れる体制がなかった為に、
修行先近くの農場で就農する予定でした。
しかし、ちょうど卒業するタイミングの時に二郎のいちご部会の会長だった方が、
「あと5年もすれば二郎いちごの担い手がぐっと減る」と判断し、新規就農者の受け入れに踏み切りました。
これは二郎にとっては本当に例外的な事でした。
そうして当時空き地だった現在の農場に出会い、8年前にめでたく二郎で就農する事が決まったのです。
「こんなラッキーなことはないですね。タイミングが良かった。恩返しがしたい。地域貢献を、、二郎に対して何ができるかを考えていきたいです。」と想いを語っていただけました。
しかし二郎に来られてからしばらくは大変苦労したと言います。
就農当時、育苗設備が無かった為に、良い苗作りができませんでした。
更に3年間は二郎いちごの名前を使用できないので、無名で販売しなければならず売れ行きも伸び悩みます。
ただ幸いな事に、山根さんには農業学校時代においしいいちごを作った実績があったので、
修行していた稲美町や西区の方には既にファンがいて、西の方に出荷して何とか生計を立てておられました。
当時は車を持ってなかったそうで、毎朝なんとバイクで出荷していたのだとか。
「ようやっとったなぁ」と、笑いながらお話されていましたが、その苦労は計り知れません。
その努力に頭が下がります。
そうして3年が経ち二郎いちごの名を冠する事ができるようになった頃には、
品質も安定し無事に二郎いちごとして販売する事ができるようになったのだそうです。
【プロにも認められる良質ないちごを育てる、山根さんこだわりの栽培方法】
山根さんは土耕栽培と高設栽培の2つの方法で、
いちご狩り用のいちごと出荷用のいちごの育て分けをしておられます。
土耕栽培とは、文字通り土を使って栽培する方法です。
畑、と聞いて連想する栽培方法ですね。
(いちご狩り用のいちごが育つ、土耕栽培の畑)
山根さんはいちご狩り用のいちごとして、「章姫」と「紅ほっぺ」の2種類を土耕栽培で育てておられます。
いちご狩り用のいちごを土耕栽培にしているのは、
土地の魅力を最大限活かしたおいしいいちごを食べてもらいたいからなのだそうです。
二郎はいちごの栽培に適した土地なんだと、山根さんは教えてくれました。
まず一つは、土地の質。
二郎には有野川という川が流れいて、かつては河原だったそうです。
だから地域一帯が砂地になっていて水はけが良く、いちご栽培に良いのだとか。
実際に各地のいちごの産地は、水はけのよい土地が多いそうです。
そしてもう一つはきれいな水。
有野川に流れているのは、六甲から流れてきたきれいな山の水です。
二郎には神戸市では珍しく用水路が引かれているので、このフレッシュな水でいちごを育てる事ができます。
最後に、神戸市北区特有の寒暖差。
二郎をはじめ神戸市北区は昼夜の寒暖差が大きい土地です。
寒暖差が大きいといちごが甘く育つのだとか。
この三拍子が揃っているので、二郎ではおいしいいちごが育つのだそうです。
土壌栽培にすることでこれら3つの要素を取り入れ、おいしい二郎いちごを育てる事ができるので、
いちご狩り用のいちごは土壌栽培にしているそうです。
「二郎は三拍子揃っているから、普通に作ればおいしいいちごが作れます。だから僕は土耕でやってるんです。切り離してしまうとその良いところが無くなる。そうするとここでやる意味がないので。二郎いちごは神戸のブランドになっていて、おいしさで売っています。そのブランドを維持するためにも、やっぱり良いいちごを食べてもらいたいです。」と山根さん。
(出荷用のいちごが育つ、高設栽培の畑)
一方で出荷用として育てているのは、「さちのか」と「おいCベリー」の2種類。
この2種類は高設栽培で育てておられます。
高設栽培とは、地面から1m程の高さで育てる栽培方法の事。
そこにもちゃんとした意味があります。
山根さんの場合、土耕栽培ではボイラーを炊かずに無加温で栽培されます。
しかしさちのかとおいCベリーをその方法で育ててしまうと、温度が足りずおいしくできないのだそうです。
また、章姫と紅ほっぺは果房が長くなるため、高設栽培にするとそこで折れてしまうのだとか。
土地の魅力、いちごとの相性、色んな事を考えて、品種に適した方法で育てられた山根さんのいちごは
多くのパティシエの方にも重宝されています。
山根さんがメインとして育てているさちのかを中心に、
たくさんの人気スイーツショップにいちごを卸しておられます。
そんな山根さんのいちごは、驚くほど中まで真っ赤。
ケーキに美しい彩りを加えてくれますね。
【肝心なのは苗づくり。一番気を抜けない季節は、意外と夏】
いちごの栽培と言えば、メインのシーズンは冬から春にかけて、というイメージがありますよね。
でも実は一番大切なのは“夏”。
というのは『夏がいちごの苗作りのシーズンだから』なのだそうです。
苗作りは、そのシーズンのいちごの出来と収量を左右する大切な工程です。
例えば苗の出来が80%だったとすると、そのシーズンの収量がそれ以上になる事はありません。
収量が少なくなると、いちご狩りや出荷用として十分な供給をする事ができなくなってしまいます。
それはいちご狩りも盛んな二郎いちごのブランドを守る観点でも絶対に避けたい事。
だからこそ苗は絶対に100%の状態に仕上げなければならず、
その工程を行う“夏”は一番神経を使っているのだとお話してくれました。
【山根さんが想う“ブランドを守る”という事】
現在二郎はいちごの産地として人気を博しています。
しかしその人気に甘えているだけでは、二郎のブランドは守っていけないと山根さんは言います。
「いちご狩りというのは、楽しい時間を売っているものです。だから最初の予約の電話からいちご狩りはスタートしています。気持ちよく来てもらって、気持ちよく食べてもらって、気持ちよく送り出すまでがいちご狩り。だからやっぱりサービス業なんですよ。いくら二郎の名が通ってるといっても未来永劫続くわけではない。横柄な事をしているとゆっくりと落ちていってしまうと思うんです。」
ブランドを守る事にひたむきに向き合う山根さんは、いちごの栽培以外にも様々な活動に取り組んでいます。
新規就農者と共に定期的にミーティングを行ったり、
ベテランながらパソコンの操作が苦手な世代の方々に、新しい情報の共有をしたり。
『どうすれば恩返しができるのか』という事をテーマを掲げ、地域貢献に繋がる事を考え続けておられます。
そして二郎地域のいちご農家さんの中では、 “みんなで良くなろう”という想いがあるのだそうです。
一軒の農家さんだけが大きく儲けたり、他の農家さんからお客さんを取ろうとしたり、
そういう事にならないように手を取り合っておられるのだとか。
個人プレーの要素が強く、孤独との闘いが課題となることも多い農業で、
そうして手を取っておられるのはとても素敵なことですよね。
「まだ全然正解は分かりません。毎年毎年一年生ですからね。笑
大変ですけど、いちごにしてよかったって思います。やっぱりこのいちご街道が華やかになると嬉しいですよね。いちごが売れて、いちご狩りのお客さんが来てくれたら、すごいいいなぁと思う。」
そう話す山根さんの表情は明るく、二郎を本当に大切に思っておられる事が伺えました。
FARM CIRCUSでも大人気の山根さんのいちごを、ぜひみなさんに味わっていただきたいです。
※写真は取材当時の様子です。
【記・撮影 谷口】