保存食としての漬物のおいしさと楽しさを伝えたい。道場町の漬物屋さん“たつみ”

保存食としての漬物のおいしさと楽しさを伝えたい。道場町の漬物屋さん“たつみ”

神戸市北区道場町の漬物屋さん「たつみ」。
店主の藤原さんは、農業をしながら本業として漬物屋さんを営んでいます。

漬物を作るための紫蘇や野菜をご自身で育て、年間を通して12種類前後の漬物を作っておられます。

藤原さんはもともと京都のご出身で、実家が漬物屋さんだったそうです。
17年前に婿養子として神戸に来られた事をきっかけに、
畑があるからと、漬物に使う野菜を育てるために農業を始めました。
実家で培ったノウハウを活かした伝統的な製法で作られる漬物は、市場の浅漬とは一味違います。

保存食として日本の食卓を支えてきた漬物

漬物といえば、柴漬、沢庵、糠漬など、色んな種類があります。
これらはもともと「食品を保存する」という発想から生まれたもの。
いわば漬物技術とは「保存する技術」なのだと教えてくれました。

藤原さんは漬物を作るうえで“漬物は本来保存食であるもの”という事をとても大切にしておられます。
伝統的な漬物、つまり保存食としての漬物を作る過程は、野菜の水分をしっかり抜いて、
時間をかけて漬け込んで発酵させます。
しっかり発酵させてはじめて、本物の漬物の味が出せるのだと言います。

ちなみにお漬物を漬けるためには、最低でも食材と同量、またはそれ以上の重石を載せなければならないそう。
例えば60㎏の食材を漬けるなら、60㎏か70㎏くらいの重石を載せなければなりません。
漬物の製造は、本当に重労働なのですね。

昔、冷蔵技術も栽培技術もなかった時代、食材を保存できる状態にしておく事はとても大切な事でした。
今でこそ様々な分野において技術が発達し、冬にキュウリ、夏に大根が食べられますが、
当然昔はそんなわけにはいきませんでした。
旬の時期に採れた野菜を保存食にする事で、一年を通して食す事ができていたのです。
漬物は、食材を少しでも長持ちさせられるように工夫がなされて発展した、保存技術なのです。

「保存食として作られた本物の漬物の味、あれが好きなんですよね。
塩漬やら糠漬やらにして、発酵しておいしくなっていく。
保存して得られる良さがあると思うので、そういう事を伝えられたらいいなって。」

そんな藤原さんの作る沢庵は、昔ながらの製法で作られていて、淡い黄色をしています。
市販の沢庵には着色料が使われていますが、これが本来の色なのだそう。
田舎の人には「懐かしいわぁ」と喜ばれるそうです。

漬物のあれこれ

ところで柴漬、と言えばみなさん何の野菜を思い浮かべますか?
きゅうりのイメージが強い方も多いのではないでしょうか。

しかし本来は、茄子で作るのが主流だったそうです。
茄子と紫蘇を漬け込んで作った、鮮やかな紫色の漬物をさして“柴漬”と呼ばれるようになったのだとか。

今でこそきれいな紫色のキュウリの柴漬がありますが、着色料がなかった時代に紫色の漬物を作るには、
紫蘇だけでなく茄子の色が必要不可欠だったそう。

“茄子紺(茄子こん)”という色も存在していますが、
本来の柴漬の色は紫蘇と茄子紺がそろって初めてできたものだったんですね。

ちなみに昔、紫色は高級な色とされ、十二単などに使われていて一般民には使えない色でした。
その紫色漬物に投影して作られたのが、柴漬なのだそうです。

漬物は保存食として発展してきましたが、中には長期保存がきかない漬物もあります。
京都を代表する漬物のひとつ、千枚漬です。

薄くスライスしたカブの漬物で、ひらひらとした見た目が美しく、
関西の一部地域では縁起物としておせちにも入れられています。

千枚漬は江戸時代に京都で考案されたと言われていますが、なぜ当時に日持ちのしない漬物が作られたのか。
それは、保存を目的に作られていないからなのだそうです。
千枚漬は、御所で高貴な方への食事として献上するために作られていたもので、
保存性よりも華やかな見た目が重視されたのだとか。

こうして伺うと、漬物にもそれぞれルーツがあり、
先人の知恵と工夫によって生まれたものだという事がよくわかります。

「自分のおいしい漬物を作るために、おいしい野菜を作る」

漬物屋さんを営む傍ら、農業も営んでおられる藤原さん。
育てているのは、紫蘇や大根、白菜など、漬物に使う食材です。
藤原さんは出荷することが目的ではなく、漬物の材料にするためにこれらを育てておられます。

育てた野菜を加工して商品化する事を“六次産業化”といい、
藤原さんはその模範として講師を依頼されたりすることも多いそう。
近年は農家さんに対して六次産業化が推進する向きが強まっていますが、
そこに疑問を感じているようでした。

「六次産業講習会の講師を依頼されたりするけど、依頼者が思ってるのはきっと、
残った野菜で商品を作る六次産業。でもその発想じゃ、絶対無理です。
農家さんは野菜を作るプロなので、商品を一から作るとなると大変だし、ハードルが高いと思うんです。
“こんなジャムを作りたいから、このいちごを育てる”という風に、
作りたい商品のベクトルから農業をしないとしんどいです。」

藤原さんが野菜を育てるのは、自分の漬物を作るため。
だから継続もできるし、商品の販売も滞りなくできます。
そしてご実家が漬物屋さんでノウハウがあったからこそ両立ができています。
漬物を作る、という目的を果たすために、紫蘇や千枚漬用の大きなカブなど、
市場では手に入らないような食材も育てています。

保存食としての漬物の楽しさを、伝えていきたい

今スーパーで漬物を買うと、開封するだけで食べられますよね。
でも漬物は本来保存食なので、保存する事で起こる味わいの変化を楽しむことができるし、
もう一手間、二手間加えてまだまだ加工できるのだと、藤原さんは言います。

梅干しが色んなお料理に使えるように、漬物も色んなお料理に加工できるのだそうです。
例えば沢庵は、お出汁で炊くと数日煮込んだおでんのようになるのだとか。

こんな風に、工夫次第で色々な楽しみ方ができる事や、
発酵した保存食としての本来の漬物の味わい深さを伝えていきたいのだと話してくれました。

「サラダとかで生で食べてるきゅうりも、昔はほんまにゴツゴツした物ばっかりやったんです。
漬物にすることで食べられるようになる。
昔のそういうおいしさがあって、今のおいしさがある。そういう事も伝えられたら、楽しいなぁって思います。」

一口に農業といっても、目的や方法は本当に人それぞれであることを実感した、今回の取材。
藤原さんは、漬物屋さんをするために農業をしておられて、
自分で育てた野菜を漬物にして販売できるのはありがたい事だと仰っていました。

北神戸のお漬物 たつみ
http://tsukemonotatsumi.sakura.ne.jp

【記・撮影 谷口】

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