伝統を守る、大沢町の秋祭り。
FARM CIRCUSは、神戸市北区大沢町(おおぞうちょう)というところに在ります。
大沢町では、稲刈りがおおむね終わった10月の最初の3連休に、秋祭りが行われます。地域の人にとっては、年に1度の大切なお祭り。
今回はこのお祭りの様子を、少しお届けします!
大沢町の秋祭り
大沢町は、上大沢(かみおおぞう)、中大沢(なかおおぞう)、神付(かんづけ)、日西原(ひさいばら)、市原(いちはら)、簾(すだれ)の6つの地区から編成されます。
全体的に少し難易度高めの地名ですね、、でも知っていたらちょっぴり自慢できるかも?
どの地区にも共通している事ですが、秋祭りは、前日の宵宮、当日の本宮があり、2日間に渡って実施されます。
今回は、FARM CIRCUSがある上大沢(かみおおぞう)と、そのお隣の中大沢(なかおおぞう)のお祭りにお邪魔しました。
本宮の方が本番!というイメージがありますが、そんなことはありません。どちらの祭にも熱がこもっていました。
地域が一丸となってだんじりを担ぐ、上大沢地区。
夜20時ごろ。地域の人が続々と集まります。お父さんもお子さんも、まつりの衣装を身にまとっておめかしです。
弓を持つ人、提灯を持つ人、太鼓を持つ人、猿やおたふく、天狗に扮する人。その他にも、いろんな衣装や役割があります。
衣装にはそれぞれに意味があり、性別、年齢によって着るものが異なるそうです。
みんなが揃ったところで列になり、笛の音や太鼓の音と共に、唄声が響き始めます。
この歌は”ケヤリ唄”というだんじり唄。力強く響き渡る声に圧倒されます。
そのうち、人々がゆっくり歩き始めました。お練りです。音を絶やすことなく、祭りが行われる神社へと行列のまま向かいます。
神社へ到着し、いよいよ宵宮の始まりです。
自分に与えられた役割を演じ、歌い、踊りながら、だんじりの周りを3回まわります。
今年の豊作に感謝し、翌年の豊穣を願って。
最後は礼拝し、祝い唄を歌い、みんなでだんじりを賑やかに打ち上げて、宵宮は幕を閉じます。
―――
日をまたいで10月7日。いよいよ本宮です。
私は、だんじりを担ぐところからお邪魔しました。
14時。昨日宵宮が行われた上大沢素盞雄尊社(スサノオノミコトシャ)には、ふたたび地域の人が集まっていました。
だんじりの周りには、はっぴを着た男性陣の姿。
担ぎ上げる瞬間を見届けようと、人々の視線もだんじり一点に注がれています。
いよいよ担ぎ上げられる瞬間!
勇ましい掛け声とともに、高く揚がっただんじり。その迫力、担ぎ上げる男性陣の気迫は、凄まじいものでした。
おおよそ1トンにもなるだんじりを担いで境内を練り歩き、坂道を行ったり来たりする姿に圧倒されっぱなし。
いつもはお野菜を届けてくれる優しい農家さんも、たくましく、男らしく、なんとも頼もしい姿でした。
そしてだんじりには、4人の男の子の姿。
小学生くらいでしょうか。歌声に合わせて太鼓をたたき、だんじりと一体化します。
指揮をとる威勢のいい掛け声、男性陣の力強いだんじり唄、子供が叩く太鼓の音、応援する声。
地域が一体となって、このお祭りに臨んでいるのがひしひしと伝わってきました。
獅子舞が優雅に舞う、中大沢地区。
中大沢では、だんじりではなく獅子舞が登場します。
獅子舞の奉納は、ある伝説から始まったとされています。
約350年前。この土地は日照りが続き、田植えはおろか生活に必要な飲み水さえもなくなって、村人は困り果てていました。そこで、村人の一人が昼夜問わず神様へ熱心にお祈りしたところ、遂に雨が降り村人は救われたそうです。
それから毎年、感謝を込めて神様へ獅子舞を奉納するようになったといわれています。
10月6日、宵宮。
この日は、早朝から一軒一軒家を回って獅子舞を奉納する”家回り”が行われます。
そしてここ、FARM CIRCUSにも来てくださいました。
舞いが始まると、祝うかのような突然の雨。
そして舞いが終わった途端に止むという、冒頭の伝説を思い起こさせるような現象が。なんともふしぎで、神秘的な出来事でした。
ところで獅子舞に噛まれると頭がよくなる、という言い伝えがありますよね。
これは、獅子舞が厄を食べてくれるからだそうです。子どもが噛まれた場合は、厄を食べてくれることで学力向上や無病息災、健やかな成長のご利益があると信じられています。
とはいえ、お子さまにとっては、ちょっぴり怖いかもしれませんね。でも中大沢の獅子舞は優しくそっとかんでくれていました。
夜になると、人々は中大沢素盞嗚尊神社(スサノオノミコトジンジャ)に集まっていました。
ここではFARM CIRCUSの奉納獅子とは違い、ゆっくりとおごそかに、獅子舞の舞いが行われていました。
獅子舞の舞いには神楽獅子、剣舞、五尺獅子、猿獅子、花獅子、牡丹獅子、天狗獅子の7つがあり、
一人一人役を決めて練習するそうです。
この時の子どもたちの楽しみは”いがみ(衣神)” と呼ばれる人たち。
酔っぱらっている人が布切れやボロボロの衣装を身にまとい、面をかぶせた姿で登場します。
いがみは、本宮が終わった後にもらえる景品のくじを持っています。子供たちは「くじください!」と言いながら、必死にいがみを追いかけます。
このやりとりを見ていて、なんだかほっこりしました。
中大沢では、お祭りをしきるのは青年団の方々。
中学の2年生からお祭りの役割に参加できるようになり、先輩のお兄さんが後輩へ教えていきます。
「ここでは若い人たちが率先してお祭りを引っ張って行ってくれます。下の子たちへ教えていったり、みんなで協力しているので、みんなとても仲が良いんですよ。」と、地元のお母さん。
たしかにこの地域の人々は、とっても仲が良いような印象です。
私は出身地が違うので、最初は地域の仲の良さや、地元愛の深さに、驚いたのを覚えています。
力を合わせて伝統を守る。そんな姿勢に、絆が深いその理由が垣間見えた気がします。
この日、最後に神主の坂井さんに少しお話を聞く事ができました。定年退職なさった後、神主として地域を支えています。
「自分の為ではなく、人の為、地域の為になる事が一番。」
そうおっしゃる坂井さんは、かつて、大きな怪我をしてしまわれました。
それでも「神様にお仕えする役目をさせていただいているからこそ、この程度で済んだ。もっと大変なことになってもおかしくなかった」と、感謝の心を忘れず、自分の役割を全うしておられる姿は、とても為になりました。
―――
翌日、本宮の日。中大沢地区の秋祭りの締めくくりはお供えされた餅や菓子をばらまく”餅まき”。
境内に集まり、人がひしめき合います。今か今かと待ち構えて、、やっと投げ出されるお餅!
とれた子どもたちも、にっこり笑顔です。
2日間に渡って行われた秋祭りがいよいよ終わり。きれいな夕暮れの中、笑顔でそれぞれの家へ帰っていきます。
神戸市北区には、とても穏やかな時間が流れていました。
伝統を大切に引き継ぐ、大沢町。
神戸といば、港町で都会的なイメージがあると思います。
外国のようなオシャレな街並みが印象的で、田舎の風景や伝統とは、あまり縁がなさそうですよね。
それはそれで良いのですが、少し寂しいような気もしてしまいます。
ですが、大沢町には、田んぼや畑が拡がる穏やかな風景が残っていて、伝統が大切に受け継がれています。大人から子供へ、先輩から後輩へ。
地域の人が一体となって守ってきたからこそ、350年も続いたのだと思います。
港町神戸とはまた違った神戸市北区の魅力、大沢町の魅力を、改めて感じた2日間でした。
*
ちょっと余談。
この地域の人たちは本当に優しいです。
正直言って私は出身地が違うところですし、ゆかりもなく、この土地に来てまだ日も浅いです。
それなのに、いつも親切すぎるほど親切にしてくださいますし、気軽に色んなお話しをしてくださいます。大げさかもしれませんが、家族のような温かさを感じます。ここで働けて良かったと思う毎日です。
お祭りの日は、取材に伺っただけの私にまで、おみかんくださいました。
【記・撮影 太田萌子】