『神戸市を代表する名産品として世界へ!』株式会社グロースターズ 張 宇さん

『神戸市を代表する名産品として世界へ!』株式会社グロースターズ 張 宇さん

フランスから神戸にブランデー用の蒸留釜がやってきたのは約30年前。
しかし稼働したのはたった2年余でした。
阪神淡路大震災で被災し、長く稼働していなかったこの釜が2022年の秋、再び動き始めました。
神戸を世界にアピールできるお酒を作りたいと立ち上がった蒸留所の近況についてお話を伺いました。

【噂の釜との出会いが世界に挑戦する夢の始まり】
張 宇さんは、長く神戸ワインの出荷など日本製品の輸出・管理する貿易の仕事をしてこられました。
世界的にウィスキーが人気で洋酒の需要が伸びる中、
「日本のウィスキーが欲しい」といわれる機会が増えたことから、
神戸で洋酒づくりができないかと考えるようになりました。
そして出会ったのがこちらの釜だったのです。

「前から、ここにあるのは知っていた。蒸留釜として、もう一度使えるかわからないけど、そこに釜があるから、使えないか…」

それはまさに一目惚れでした。
2021年9月に契約、2022年10月の製造開始にこぎつけました。

【世界でも珍しい特注の蒸留釜】
通常は2,500リットルだとういう蒸留釜ですが、こちらにあるのは倍の5,000リットルです。
「特注品ではないか」とされるフランス製の釜でとれるブランデーの量は、その10分の1の500リットル。
ちなみに、麦汁を蒸留させるのがウィスキー。ワインを蒸留させるのがブランデーです。
麦汁の発酵タンクに酵母をいれ、酵母が糖を食べることでアルコールができます。
72時間で発酵させるまでの工程は、ビールとほとんど同じ工程です。

「一回蒸留したら、5,000の三分の一、それからまた蒸留するとまた三分の一、
最終的には十分の一、5,000は500になる。」

温度がだいたい100度になった蒸留したものを、度数、温度を測りながら冷やすと、お酒が出てきます。
それをさらにタンクに移して量をはかり、2回目の再留をします。
もう一度、初留に7時間、再留10時間以上かけます。
ウィスキーは蒸留後およそ68度のアルコールになるので、消防法上そのままでの保管はできないため、
割水を加えアルコール度数を60度くらいまで落したものを樽詰めします。
ビンの洗浄から乾燥、充填、フタをして、ビンの表面をラベルのつきをよくするために
もう一度乾燥、ビンの飲み口の部分のフィルムとラベリングと作業は多岐にわたります。

【フルーツフラワーパークの気候、銅とアルコールの絶妙な関係】
お話によると、蒸留したアルコールの表面には銅とアルコールの成分が浮いているといいます。
アルコールと銅が科学反応し、ステンレスでは出ない風味や微妙な味ができあがるそうです。
洋酒やブランデーは作りには銅の蒸留釜が欠かせません。

甘みが強いブランデーに対して、ウィスキーは「すっきりしている」といいます。
味も違えばその市場規模も、ウィスキーはブランデーの20倍!
ウィスキーの人気はどこからきたのでしょうか?
お話によると、そのすっきりした味わい、少ないプリン体。
また、サントリーがウィスキー販売で不遇な時代にハイボールを流行させ、
ウィスキーを身近な飲み物にした功績といいます。
そして何より他社のクラフトウィスキーメーカーが世界で賞をとり、ジャパニーズウィスキーの価値が世界で上がり皆が注目したのが一番の人気の理由だそうです。

「日本は高温多湿。寒暖差が激しい。そんな気候が熟成を早める。状況的にはフラワーパークも適している」 

元サントリーの技術者野村さんもこの蒸留釜に魅せられ、洋酒づくりに参加する一人です。
アドバイザーとして参加し、神戸蒸溜所での洋酒づくりの夢を支えています。

「ここにブランデーの釜があるのは知っていた。どうなったかな、と思っていた。これみたらブランデーを作りたくなった」

「ウィスキーのブレンドをしていた。作りながら考えていきたい。ここフルーツフラワーパークの特徴を生かした、例えば発酵したらフルーツの香りがするようなもの。フラワーパークの近隣の畑から原料を手配しようと思っている。フルーツを使ってリキュールを作る。地域限定で盛り上がっていければ・・・」

【樽に託す神戸ブランドウィスキーの夢】
ひとつ190リットルのシェリー樽やバーボン樽に寝かせられたウィスキー。
今回、初めてシェリー樽に挑戦しています。
長期に寝かせるなら10年ものの中古の樽が最適で、新樽でも3年まではいいが4〜5年は臭みが出るとのこと。
将来は日本のメーカー一社しか作れない、桜やミズナラの樽にも挑戦したいということで、
どの樽が向いているのか吟味しながら大量生産していけるようになるのが目標です。
どこまでのモノが作れるかわからないけど、可能性は無限。
神戸の自然や気候を生かした世界に発信できる神戸ブランド。
震災からおよそ30年の時を経て蘇るウィスキー作りに人々の情熱と夢を感じる取材でした。

※記事は取材当時の内容となります。
【記・撮影 谷口】

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