神戸農村スタートアッププログラム・大沢 ー農村地区ビジネスで大切なことー
神戸に連なる六甲山脈を隔てた向こう側、北区と西区。
ここは、都会的な発展を遂げている港町と裏腹に、美しい風景や恵まれた農地、そして伝統の文化が息づく農村地区です。
神戸とは思えない豊かな自然が溢れるこの地域は、豊かな生活を送ることができるポテンシャルを秘めています。
そんな農村地区での企業や就農を応援する、『神戸農村スタートアッププログラム』。
神戸市と地元のコーディネーターが発信したプログラムで、半年間かけて神戸市の農村地区各地を回ります。
講義とフィールドワークを重ねて食・農・環境と様々な観点から”農村地区ではたらくこと”を学び、最終的にはビジネスモデルのプランを考案するというもの。参加者は全国各地から集まった、農村地区での企業や就農を目指す人々です。
道の駅のある大沢町は、このプログラムの初回を飾りました。
案内人としてFARM CIRCUSを運営する株式会社北神地域振興の専務・高山壽弘さんを迎え、半日かけて大沢町を回りました。
今日は大沢町の人たちのお話と共に、そのフィールドワークのレポートをお届けします。
「売り手良し、買い手良し、世間良し。地域の為の道の駅を。」道の駅の駅長、高山さん
高山さんは、生まれも育ちも大沢町で、地域を知り尽くした地元出身の経営者。
本業はディーラーに不動産と、道の駅とは縁のない職業です。ではどうして道の駅の運営に立ち上がったのでしょうか。彼が大沢町でビジネスをする上で、大切にしていることとは。
大沢町のビジネスモデルのひとつめは“道の駅”のおはなしです。
FARM CIRCUSの運営において大切にしていることは”地域に寄り添う事だと”高山さんは言います。
さかのぼる事26年前。1993年に、道の駅の前身”神戸市立フルーツ・フラワーパーク”が農業振興拠点として大沢町にオープンしました。
当初活気をみせたパークはバブルの崩壊と共ににぎわいを失い、最終的には閉鎖も検討されてしまうように。
しかし現・神戸市長の意向で”道の駅”として存続する事が決まります。これは地元の人々にとって、フルーツ・フラワーパークが、そして地域が再びにぎわいを取り戻す、喜ばしい事でした。
なのに、道の駅の運営事業者の公募で提示された条件は、実質的には大企業しか応募する事が出来ないようなものでした。
『これでは地域の潤いに繋がらない。意味がない。』と、高山さんをはじめ地元出身の出資者が3名集まり、”株式会社北神地域振興”が立ち上げられました。
その思いが通じ、道の駅の運営は彼らにゆだねられることになったのです。
(地元農家の藤本さんとFARM CIRCUSのマーケットスタッフ)
道の駅を運営するにあたって、第一に掲げたテーマは「農家ファースト」。
農家さんの収益を少しでも上げるため、野菜の買取やイベントの開催、農家さんへの取材など、様々な手法を実践しています。
大幅に収益を上げることはできなくても、利益がたとえ僅かでも、農家さんが「FARM CIRCUSに野菜を出してよかった」と思えるような取組を心がけているそうです。
「地域の人に助けられた。」地元で愛されるレストランカフェのオーナー、前田さん
道の駅での講義を終え、次に向かったのは大沢町で人気のカフェ「Café ozo 901」。
長年使われていなかった郵便局の跡地を改装し、ご夫婦二人で営まれているカフェです。気候の良い季節はテラス席が心地よく、冬には薪ストーブが焚かれる、温かいカフェです。
ふたつめのビジネスモデルは、おいしいお食事と共に地元に愛される“カフェ”のおはなしです。
オーナーの前田さんは大阪育ちで、以前は北新地でレストランバーを経営されていました。
だから、提供されるお料理はどれも本格的。地元の食材がふんだんに使われ、彩もきちんと考えられた鮮やかなお料理が、見るだけでも幸せな気持ちにしてくれます。
そんな前田さんは北新地から田舎へと、三田への移住を決め、農村地での生活が始まりました。
再び飲食店を開業するために物件探しをしていたところ、建築の知り合いがたまたま見つけたという”郵便局の跡地”にたどりつきました。そこは、大沢町で長らく使われていなかった場所でした。
古びた郵便局を、前田さんはほとんど手作業で改装していきます。
そして完成した“Café ozo901”は、前田さんご夫婦のやさしいお人柄がにじみ出た、優しいお店でした。大沢町というロケーションと相まって、都会で食べるよりもひときわ贅沢な空間に感じられました。参加者の方も「まるでジブリの世界に来たみたいでした。」と、笑顔。
大沢町でカフェを営む上で、地域とのつながりを大切にしているという前田さん。
開業時も、地元の婦人会をはじめ地域の人々に本当に助けられたと言います。最初は知り合いも誰もいなかった”大沢町”という農村地で、カフェとして成功しているのは、営業を通じて繋がっていく地域との交流を大切にしてこられたからこそ。今では地域の人はもちろんのこと、遠方からもお客さんが来られ、たくさんの人に愛されながら、連日にぎわいを見せています。
私たちの食卓の裏側、”農業”というビジネス
3つめのビジネスモデルは、農村地に欠かせない“農業”のおはなし。
続いての講師は、直売所『すまいるファーム』を営む、藤本さんです。
農業、と聞いて、どんなお仕事のイメージを思い浮かべますか?なかなかイメージがつきにくいかもしれませんが、農業はとても立派なビジネス。
初期投資をどれくらいの期間で回収して、どのように持続していくか、どんな作物をどれだけ育てるのか。いろんな要素が複合的に絡まったいて、それらのバランスを考えていかなければなりません。例えば近隣で同じ種類の作物を育てている人が多ければ、それだけその品種に対してはライバルが多い為、周りとの差別化が必要となってきます。
(藤本さんのいちごハウス)
例えば、藤本さんのいちご。シンプルに『赤いものをそだてよう!』という理由で始めましたが、大沢町のすぐそばには、いちごの産地として有名な二郎(にろう)地区がありました。その為、はじめは販売に苦戦し、利益は少なかったと言います。
それでも品種や栽培方法に試行錯誤を重ね、差別化を図り、更に販路の拡大やいちご狩りの開催など、販売方法も工夫していきながら、徐々にお客様から支持を得られるように。
広報にお金をかけず、口コミでその評判が広がり、今ではすまいるファーム藤本さんの数ある農産物の中で、一番の稼ぎ頭となっています。
藤本さんは農業は、もちろんイチゴだけではありません。直売所には多様な旬野菜が並んでいて、地元の人でにぎわい午前中にはほとんどのお野菜がなくなってしまうほど。
農業のもう一つ大変なところは、お休みが取れない事。野菜や果物は生きていて、日々成長していきます。だから手を放す事が難しく、藤本さんも、24時間以上の休みを取った事がないと言います。
農家さんのご苦労の上に、私たちの食卓が守られていることを、実感しました。
地元で継承していく、伝統の文化。
この日のプログラムの最後の締めくくりとして、高山さんは地元の公民館を案内してくれました。
そこで迎えてくれたのは、地元の青年団の方々。地元に受け継がれている伝統芸能“獅子舞”を披露してくださいました。
以前「大沢町の秋祭り」をご紹介した時にも少し取り上げた、中大沢の獅子舞です。
大沢町で350年続く獅子舞には教科書はなく、先輩から後輩へ、お手本のみで受け継がれてきています。型も楽器も、全てが人から人へ繋がってきたもの。そうとは思えない完成度の高さに、見学していた参加者からは感嘆の声と拍手が上がっていました。
技術が進み、伝統や日本の文化が衰退していることも多い中、大沢町ではこうして、地域の若者により文化が受け継がれています。今回獅子舞をご紹介くださった大沢町の稲生さんは「大沢町は、地域のイベントが多いので、繋がりが深いです。だからたとえ地域を離れても帰ってきやすい。今後も青年団の活動を通して、伝統を継承していけたら」と、お話してくれました。
農村ビジネスは『地域との繋がりを大切にすること』
この日お話を伺った4名が共通して言っていたのは「地域との繋がりを大切にする」という事。
農村地でビジネスをするなら、あるいは生活していくなら、地域とのつながりを大切に思えなければ、成り立っていかないのだということを、ご自身の体験談を通して、教えてくださいました。
人との関りが希薄になっている現代では、もしかしたら疎かにされがちなことかもしれません。それは、とても悲しい事。「”人”という字は、人が支えあってできている」という有名な話がありますが、農村地の一つである大沢町では、助け合い、支えあっていくという人間らしい関係性が息づいていました。
(901にて。この日お店を手伝っていたは、ご夫婦で農業と音楽活動をしている坂東さん。こんなところにも、地域のつながり。)
(藤本さんの直売所横に実っていたぶどう。)
【記・撮影 太田萌子】